2011年2月16日

吾亦紅

数年前、買ったばかりのカメラで夜中にベランダのワレモコウを撮影してた時のこと。露出を上げてピントを合わせ、背景をぼかし、色々カシャカシャやっていた。
そうして、太陽のない暗闇に向かってスッとのびるワレモコウを見ているとふと、植物てのは太陽じゃなくて宇宙に向かって伸びっているんやなあ、と感じた。感じたとゆうか腑に落ちた。感覚とゆうか確信。
花は、日中の太陽というより、夜空のムコウへと伸びている。重力や時間や環境とか色々な負荷から逃れるように、宇宙を掴むように、未知の暗闇に吸い込まれるように進んでいく。
それは、波照間で遠浅の珊瑚をスキューバしながら見ていたら、突然胸の下に現われた真っ暗で冷たい海溝の恐怖、そこから「ええい!」と飛び出す足ヒレみたいな。
それは、中島らもが 頭の中がかゆいんだで書いてた、時間とゆう川や体力の衰えや安らぎのベンチ、そこから「よいしょ!」と立ち上がるおじいさんの杖みたいな。
超えていくこと。それはもう命の本質だと感じた。